フィリピン・メトロマニラ、カラバルゾンの今を知る!衣食住のライフスタイル、ビジネス、最新ニュースならPLECOMM WEB

Add friend

その145  子育てと教育を区別する

レストランで子どもが走り回っています。「お店の人に怒られるよ!」「怖いおばさんに怒られるよ」と、子どもを諭す母親の姿をよく見かけます。でも、レストランで働いている人や食事中の(怖い)おばさんの仕事は子どもを怒ることではありません。

今の時代は、親も教育者も「子育て」と「教育」を混同していて、お互いがお互いの領域に干渉し、責任のなすり合いをしているように見えます。間に挟まれた子どもは「誰を信じてついていけばいいのか」分からなくなり、やがて子どもも「自分がこうなったのは◯◯のせいだ」と責任転嫁するようになります。

 

  • 子育ての目的は心育て

「子育て」の目的は「心を育てること」です。そして責任者は「親」です。ここで言う「心」とは、自己や他者(社会)に対して抱く気持ちのことで、人格の土台となるものです。良い子育てとは、自己や他者に対して「肯定感」を持てるように育てることであり、悪い子育てとは、自己や他者に対して「否定感・不信感」を植えつけてしまうことです

子育ては「自分は親から愛され受け入れられている」という、あるがままの自己への自信を育てることから始まります。親がたっぷり愛情を伝え、かわいがってあげると、子どもは「自分は親から受け入れられている」という自信を持つことができます。すると親以外の他者に対しても受容的、肯定的、開放的な性格に育っていくのです。

親の愛情を十分に実感できないと「だれもボクを愛してくれない。だれも助けてくれない。この世は不安だらけだ」という不信感が心に根付いてしまいます。すると人生に対する姿勢が防御的になり、他者に対しても警戒的、攻撃的な性格に育つ可能性が高くなるのです。

子どもに愛情を伝える一番の方法がスキンシップです。抱っこしたり、一緒にお風呂に入ったり、添い寝をしたり、たっぷり甘えさせてあげると子どもは「愛されている」と実感できるのです。幼い子どもと密接な皮膚接触ができるのは親だけです。学校の先生がそんなことをしたらセクラハになってしまいます。だから子育ての責任者は「親」なのです。

 

  • 教育の目的は知識や技能の習熟

次に「教育」の目的は「知識や技能の習熟」です。責任者は「親」でも可能ですが、現代社会においては「専門家」が担うケースがほとんどです。保育園や幼稚園の先生、習い事の先生、学校の先生の仕事は「子どもに効率的に知識や技能を習熟させること」です。

親が「子育て」と「教育」をごちゃ混ぜにして、学校の先生に子育てを期待したり、また、親が教育者になって知能教育に熱中すると、子どもの成長にゆがみが出たり、親子関係がぎくしゃくすることが多くなります。

わかりやすい例が「お受験」です。親が受験にヒートアップしてしまい、子どもを叱りつけたり、勉強を強制したり、周りと比較して「◯◯ちゃんはできるのに!」という心ない言葉をかけてしまう。そんな場面が多くなると、子どもは自信を喪失し、やる気を失い、最悪の場合、反抗心を根付かせます。

親は「心育て」に専念し、「教育」は専門家に任せると、子どもはスクスクと成長していきます。もちろん家庭では親も教育サポートを与えますが、あくまでも後方支援です。学習習慣をつけたり、考えさせる質問をしたり、問題解決のヒントを与えたり、励ます言葉をかけたりということが中心となります。

 

  • 教育は成功した、でも子育ては失敗した!

子育てと教育の混同が起きる原因が「学歴主義」です。子どもの知能を伸ばし、よりよい学校に入れることが人生の成功切符であると、親も教師も受験のための「知能教育」に躍起になり「心育て」が置き去りにされているのです。

現代社会はあまりにも知能教育が重視されすぎて、心とのバランスがとれていません。英語、プログラミング、考える力など、知能教育の比重は時代とともに加速度的に大きくなる一方ですが、それを支える心は不安定なままなのです。

子どもの「心」が安定していれば、その上に積み上げていく「知能教育」は決して難しくありません。集中して勉強に向き合うことができますから、学力をスムーズに獲得できるのです。勉強ができる子どもに育てるコツは子どもの心を安定させることです。

Translate »